[T-7] オープン・クローズ戦略にも資する特許セミミクロ分析

本記事では、特許戦略チャート®が実践する「特許セミミクロ分析」(詳細は第2章で説明します)が、オープン・クローズ戦略の実務にどのように活きるかを、先日拝聴した講義から得た学びを起点に考察します。

本記事は、パテントサロン®様の知財系ライトニングトーク #33 拡張オンライン版 2026 夏に参加予定です。

目次

  1. 著名な先生のご講義から得た学び
  2. 特許セミミクロ分析とは何か
  3. オープン・クローズ戦略とセミミクロ分析の親和性
  4. セミミクロ分析をオープン・クローズ戦略に応用するときの課題
  5. 優先順位の考え方:アメリカ大統領選挙のアナロジー
  6. 結論

1. 著名な先生のご講義から得た学び

先日、著名な先生のご講義を拝聴しました。知財歴35年、大手機器メーカーの知財部長及び知財部顧問を歴任され、近日ご著書の第8版を発行される先生です。知財に特化した専門的な内容というよりも、あくまでも事業に軸足を置き、事業に貢献する知財戦略及び知財活動の真髄をご教示くださるような内容でした。個人的に、今このタイミングでそのような内容を学べたことは幸いでした。

盛りだくさんだった話題の中で、生成AIの知財業務への活用や国際標準化など、時流に乗った話題については、今後の変化を追いながら自分の中で深めていきたいと考えています。また、IP Landscape(知財情報を事業や研究開発の意思決定に活用する分析手法。以下、IPL)とオープン・クローズ戦略については個人的に特に勉強になりましたので、本記事の題材とさせていただきます。

有料セミナーでしたから詳細を開示するのは控えますが、私の中で特に強く響いたメッセージを三つだけご紹介させていただきます。

一つ目は、「IPLに取り組む上ではリアリティを追求することが必要である。マクロデータだけではわからないことがあるため、必ずミクロデータを一緒に見なければならない。」というメッセージです。

二つ目は、「事業面の優位性を維持しつつ、特許による参入障壁の一部を戦略的に取り払うことで、市場規模の拡大を促すと同時にシェアの確保と売上の増大を実現するのが、オープン・クローズ戦略における特許の役割である。」というメッセージです。

三つ目は、「オープン・クローズ戦略は事業部主導であり、知財部は事業部長からニーズを聞き出し、それに応える情報提供を行うことが重要である。」というメッセージです。

2. 特許セミミクロ分析とは何か

一つ目の「IPLやオープン・クローズ戦略に取り組むにあたりリアリティを追求する」という姿勢を私なりに解釈すると、特許セミミクロ分析を実行するということになります。

パテントマップが普及してからもう20年ほど経ちますし、多くの方々が取り組まれた結果、パテントマップの作成技術は十分高い水準に達していると思います。将来、生成AIがもたらすIPLの進歩が「リアリティの追求」の観点でどれだけ寄与するかは変動要因が多すぎて未知数ですが、私の問題意識として感じていることがあります。現状のIPLにおいて特許ミクロ分析が十分に体系化されているとは言い難く、マクロとミクロのバランスが悪くなっているということです。経済学をはじめとして、種々の分野でミクロとマクロがバランスをとって併存しているのは言うまでもない中で、特許の世界がそうなっているとは言い難いのが現状です。このままいけば、生成AIの進歩を背景としてますますその傾向が強まる可能性が高いと考えられます。

そこで、これより、特許のミクロ分析(以下、ミクロ分析)について考察したいと思います。以下では、広義のミクロ分析とは、1件の特許を対象とする狭義のミクロ分析と、個々の特許情報を複数積み上げたセミミクロ分析からなる概念とします。広義のミクロ分析では、1件の特許に着目する絶対的観点と、複数の特許の関係に視野を広げる相対的観点を整理できます。前者が狭義のミクロ分析、後者がセミミクロ分析です。狭義のミクロ分析には、例えば1件の特許に関するFタームやFIなどの特許分類を付与する工程も含まれます。これは特許発明の技術的側面からのアプローチです。特許調査を経て選抜された数件から数十件の特許に関して、個別具体的な情報を集積すれば、セミミクロ分析になります。ただし、特許分類により集計し、グラフ化するまでで終わったら、情報の価値を十分引き出せているとはいえません。分類の内容と意味を理解し、公報内の具体的な記載を確認するところまで行えば、セミミクロ分析が価値を提供するようになると考えます。

3. オープン・クローズ戦略とセミミクロ分析の親和性

これに対して、オープン・クローズ戦略において特許が演じる参入障壁の役割を考えるためには、特許の権利的側面の情報が肝要です。特許による参入障壁の法的な源泉は、特許権の排他的効力にあるからです。そうすると、複数の特許のクレーム(特許請求の範囲)情報を何らかの形で積み上げることが必要になります。ここでいう「積み上げ」は、ブロックをルールベースで機械的に積み上げるようなものかといえば、そう単純ではありません。複数のパターン化された形状の磁性体が引き寄せたり反発したりと相互作用を及ぼしながら積み上がるようなイメージです。しかも、そこで働く力は、物理法則で説明できる磁力のように整然としてはおらず、人間の思考やビジネス上の事情によるものです。

簡単な作業ではありませんが、その積み上げを実現すれば、セミミクロ分析はオープン・クローズ戦略にも有益な知見を提供することができるのです。その積み上げの原理については、前の記事 [T-6] 特許がもたらす企業間の競争をゲームにする手段 で述べていますので、そちらもぜひご一読ください。

具体例で考えてみましょう。ある競合領域について複数の特許のクレームを、企業間競争のゲームの原理に基づいて積み上げていくと、次のような状況について、製品と特許の関係まで含めて高い解像度で把握できるようになります。

・「自社の特許はあるが、他社の特許はない “疎” の領域」 その領域の技術が陳腐化しつつあり、他社による新たな権利形成の余地も小さいと評価できる場合には、自社特許を何らかの形でオープンにすることが、競争優位に与える影響を比較的限定できる可能性があります。あるいは、他社との間で関連する改良発明の取扱いやライセンス条件を契約で定めるなど、オープンにした後も一定の優位性を維持するための方策を検討できます。

「複数社の特許が密集している “密” の領域」 一言で“密”と言っても、実際には多様です。よって、密集領域は、他社に対する相対的な優位性を維持するために、安易に開放せず「クローズ(囲い込み)」として強固に守る、あるいは、クロスライセンスをする、等いくつもの選択肢があり得ます。特許の密集の様子が、商品との関係や排他的効力の方向と広さまでわかれば、思考がより深まります。

このように、クレーム情報を積み上げて見えてくる“疎”と“密”の状況は、オープン・クローズ戦略における「何を開き、何を閉じるか」の判断に、事業面とは異なる視点の材料を提供することになります。

もっとも、実際の開放・非開放の判断には、特許に限らず、市場環境、事業戦略、ノウハウの保有状況なども総合的に考慮する必要があります。

4. セミミクロ分析をオープン・クローズ戦略に応用するときの課題

続いて、オープン・クローズ戦略の文脈でセミミクロ分析を行うにあたっての課題について、以下に考察したいと思います。

特許出願件数が国内上位の企業の方にセミミクロ分析を行う特許戦略チャート®の説明をすると、「特許の件数が多い当社の場合はどう考えればよいのか」とのご質問を受けるときがあります。多数の事業領域と多数の特許を抱える企業ほど、どのように力を注ぐべきか、その優先順位づけに悩まれるのは当然のことです。

戦略・戦いという文脈では、かつての世界大戦のような広域戦で本国の参謀本部作戦課が多数に及ぶ戦線の情報を管理し、作戦を立案していた有り様に似ているということもできます。しかし、戦争を知らない世代の私としてはイメージの解像度が低いですし、どこか違和感があります。

種々検討した結果、私が行き着いたのは「国政選挙」のアナロジーです。それは、選挙も(特許戦略を内包する)事業も、本質を探究すれば「認知と支持の獲得競争」といえるからです。国政選挙は、数十から数百のセグメントに分かれて勝敗が争われ、さらにそれらの結果の集積により集合体(政党)の優勢・劣勢が決定づけられる戦いです。しかしながら、日本の国政選挙は衆議院選と参議院選の2層構造になっている上に、小選挙区制と比例代表制、さらにブロックと全国区、比例復活や特定枠など、制度が複雑に入り組んでいます。もっとシンプルなモデルが望ましいです。そうすると、アメリカ大統領選挙の方がアナロジーとして適しています。アメリカ大統領選挙のアナロジーを用いて、オープン・クローズ戦略立案にあたってのセミミクロ分析の意義を考察してみましょう。

5. 優先順位の考え方:アメリカ大統領選挙のアナロジー

アメリカ大統領選挙は50州とワシントンD.C.を舞台に選挙人の獲得が争われ、もちろん各州でデータが発生します。すべての州の情報を詳細に分析することは、膨大な作業になることは想像に難くありません。ただ、結果自体は「共和党の勝利」か「民主党の勝利」かというシンプルな二択です。また、開票する前から結果の予測がつく州は多いです。一方、どちらに転ぶかわからないスイングステートと呼ばれる少数の激戦州が存在します。そしてスイングステートのなかでも特に選挙人の割り当てが多い州が、大統領選挙の帰趨を決する州になります。両党候補は、選挙運動においてスイングステートを優先的に分析し、重点的・集中的に対策を講じています。

つまり重要なのはメリハリです。ここがオープン・クローズ戦略に通底します。市場拡大を狙った事業戦略において、特許は重要な要素の一つですが、それだけで事業の成功が決まるものではありません。事業によっては、特許の重要性が相対的に低い場合もあります。どのセグメントが全体の勝敗を左右するかは、事業部長クラスの方が大所高所の視点で描く事業シナリオがカギになります。

ここで思い出したいのが、第1章でご紹介した三つ目の教え、「オープン・クローズ戦略は事業部主導であり、知財部は事業部長からニーズを聞き出し、それに応える情報提供を行うことが重要である」というメッセージです。優先度の高い領域を決めるのは事業部長ですが、知財部はただ指示を待つのではなく、事業部長の頭の中にある事業シナリオを積極的に聞き出しにいく姿勢が求められます。事業計画のレビューや定例の意見交換の場を活用して事業シナリオを引き出し、知財部側からもマクロ分析で見えてきた兆候をもとに「この領域が重要になりそうです」と提案を持ちかける。選び出された重要領域に人的リソースを集中して、セミミクロ分析による判断材料を提供し、事業部長がオープンにする領域、クローズにする領域及びそれぞれの実現手段を検討・決定する。こうした能動的かつ協働的な関わり方を続けることで、事業部長のニーズに的確に応えられるようになり、知財部の真価がより一層理解される時が訪れるでしょう。

なお、相違点にも目を向けておきます。アメリカ大統領選挙に関しては、過去のデータの蓄積や、多くの官民調査機関が存在し、情報は豊富です。しかし、言い方を変えれば情報過多ともいえ、何を採用するかによって特に激戦州では情勢を見誤るおそれがある点が悩ましい問題です。これに対して、オープン・クローズ戦略にあたってのセミミクロ分析は、対象領域(重要領域)が決まれば取り組むべき道筋が定まります。分析自体には相応の緻密さが求められますが、進むべき道筋はシンプルですから、その点の迷いはなく進められます。

もう一点、付け加えておきたいことがあります。特許の存続期間は原則として出願日から20年、競合領域における市場形成にも数年単位の時間を要します。一方で、経営の意思決定サイクルは四半期・年度単位であることが一般的です。ここに時間軸の大きなギャップがあります。そこで、セミミクロ分析やウォッチネット™による定期的なアップデートを、四半期や年度の事業レビューのタイミングに合わせて経営層に共有することをお勧めします。長期的な布石としての位置づけを伝えると同時に、直近の競合動向の変化という短期的にも意味のある情報を添えることで、経営の意思決定サイクルに沿った形で、長期戦略への継続的な関与を得やすくなります。

6. 結論

特許セミミクロ分析、すなわちそれを実践するための特許戦略チャート®は、オープン・クローズ戦略を検討する上で、有力な判断材料となり得ます。事業部長のニーズを積極的に聞き出しながら知財部が特許セミミクロ分析を行うフローが整えば、クレーム情報を積み上げて権利の“疎”と“密”を可視化し、価値の高い判断材料を提供できます。四半期・年度の事業レビューのタイミングに合わせて定期的に更新・共有すれば、長期的な特許戦略と経営の意思決定サイクルとの橋渡しにもなります。

オープン・クローズ戦略のご検討の際には、特許戦略チャート®のご活用をお勧めいたします。

本記事は、パテントサロン®様の知財系ライトニングトーク #33 拡張オンライン版 2026 夏に参加予定です。

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この記事を書いた人

株式会社デジタルキロン
代表取締役

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